レトロ横丁



NHK銀河テレビ小説「港駅」での門司港。

先週の土曜日(10/16)栄町銀天街にある「昭和レトロ館」二階和室におきまして、「観光開発と観光地イメージの変容」というテーマのトークショーが開催されました。企画したのは北九州市立大学観光社会学の須藤廣教授で、今回は松永文庫室長の松永武さんをお招きして、1984年(昭和59年)10月29日(月)午後9時40分から連続10回放送されたNHK銀河テレビ小説「港駅」のシナリオ作りに関わった時の苦労話や、当時の門司港の街や人々の様子など興味深いお話をお聞きする事が出来ました。(この頃にはもうすでに、松永さん個人で現在の北九州フイルムコミッション的な動きをされていたようです。)

タイトルバックには、当時の門司港駅や広石あたりの電車道が使われていました。
この頃にはまだ、駅前にタクシー乗り場があったり、電車が走っていたんですね。
e0014058_15401690.jpg

この曲がりくねった電車道(坂道)は
「人の生きざま」「人生」として写し出されていたそうです。
e0014058_15462258.jpg

約20名の方々が参加され、熱心に聴かれていました。
そして後半では、それぞれの想い出話を語り合いましたが、
なかでも、この番組をきっかけに門司港のおみやげとして発売した
和菓子”みなと駅”が飛ぶように売れたという「つたや」さんのお話は
当時の盛り上がりぶりがよく伝わってきました。
e0014058_15513356.jpg

会場には、当時の台本や「港駅」を告知する栄町銀天街のチラシなど
松永さんの貴重な資料も展示されていました。
当時の新聞記事によると、初めてのテレビロケに港町・門司港は
ちょっとした”マサトシ・フィーバー”だったとか・・・。
e0014058_15562517.jpg

e0014058_15565251.jpg

e0014058_15571395.jpg


今から26年前に制作・放送された門司港と日田が舞台の「港駅」。
ドラマの中でも、たびたび当時の栄町銀天街や関門連絡船乗り場、
そして埋め立てられる前の岸壁が登場していました。

今とは違った魅力「素朴な人間臭さが感じられる港町」
としての門司港が表現されていたように感じました。
[PR]
by d-mojiko | 2010-10-18 17:08 | 栄町銀天街「昭和レトロ館」
<< 暗渠から出現した明治の石垣!? 心なごむ「はんなり布巾展」始ま... >>


門司港の今を伝えます
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
自己紹介
日々のなにげない生活の中で、美しいもの、おいしいもの、楽しい事など
ささやかな事でいいのですが、こころ動かされるものに出逢うと、すこし豊かな気持ちになれます。自分の感じた事を自分のことばで、素直にお伝えしたいと思っています。よろしかったら、私のホームページにも、お越しください。
栄町カフェ
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧